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三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」の父、市川氏の探究心(前編)

三菱鉛筆 研究開発センター品川 部長の市川秀寿氏

「なめらか油性」築いたジェットストリーム

 ボールペンのインクといえば「水性」か「油性」かに分かれるが、油性の中にも「なめらか油性」または「新油性」などと呼ばれるジャンルがあることをご存知だろうか。三菱鉛筆の「ジェットストリーム」が、ジャンルのパイオニアともいえる存在だ。

 従来の油性ボールペンは、「書き味が水性ボールペンに比べて重い」「かすれが発生することがある」「ボテ=ペン先にインクが溜まってしまう現象が発生する」などのデメリットがあった。また「油性インク特有のにおいが苦手」という人も多いのではないだろうか。

 ジェットストリームは、これらを見事に解消し、なめらかな書き味と油性ボールペンならではの高い耐水性を実現したことから、2006年の発売と同時に瞬く間に人気商品になった。

 ジェットストリームのヒット以降、なめらか油性タイプをうたうボールペンが次々と発表されたが、「絶対にジェットストリーム」と「指名買い」をするファンも多く、発売から12年が経ったいまでも、年間でのシリーズ累計売り上げは公称で1億本を超えるという。

 文房具.Tokyo編集部では三菱鉛筆 研究開発センター品川 部長の市川秀寿氏にインタビュー。開発の経緯や、市場の反応を受けてのリアルな感想、今後の方向性などを、開発者ならではの視点で語ってもらった。

 インタビューを通して見えてきたのは、ジェットストリームという製品のドラマチックな成り立ちと、それを支える技術を生んだ力強い意思だ。

「好きなことを」と作りはじめた

ーーまず、ジェットストリームの開発に至った経緯を教えてください。

 私はもともと印章を開発するグループにいたのですが、そのグループが縮小することになり、油性ボールペンのグループに、拾ってもらうように異動になりました。

 でも、私は油性ボールペンが苦手でした。当時は皆さん「重厚感」という言葉をよく使っていましたが、あの重い書き味が嫌だったんです。そこで「水性ボールペンのようにサラサラ書ける油性ボールペンが作れないかな」と開発をはじめました。

「サラサラ書ける油性ボールペン」を目指して開発されたという

ーー当時は、どんな油性ボールペンを販売していたんですか?

 製品名で言うと「楽ボ」というボールペンがありました。これは言ってしまえば、昔ながらの油性ボールペンにグリップを付けた商品ですが、当時はそれでも画期的で、売上は好調だったようです。

 しかし書き味はやはり油性ボールペンで、重いし、色は薄い。ハガキを書くときのように、縦書きで左に手を流して行くような場合に、インクの乾きが遅く色移りして、手が真っ黒になったり。

 油性ボールペンのインクは、「色材」と「溶剤」に様々な添加物を加えて作りますが、油性ボールペンのインクに使われることの多かった溶剤の独特な匂いも、私は苦手でした。

 そこで「溶剤から変えてしまおう」と考えました。溶剤を50種類くらい集め、どれが油性ボールペンのリフィルに入るものとして適切なのかを検討したんです。第一にインクの性能となめらかさ。そして既製品の溶剤よりも刺激性が少ないもの。さらに乾燥性のいいものをピックアップして、手が汚れないインクを目指しました。

 この過程では、スタンプのグループにいた経験が役に立ちました。スタンプ台って、絶対に盤面は乾かないんですよ。でも、押してからは浸透してすぐに乾いてくれないと困る。そういった用途では、染料でなく顔料を使う場合が多いのです。

ーー溶剤との相性の問題もありますよね?

 はい。しかし選んだ溶剤で、環境にも配慮した理想のインクを実現しようとすると、顔料をメインに使うしかありませんでした。

ーー技術面でのハードルはありましたか?

 顔料の扱いには慣れていたので、失敗はありませんでした。ただ顔料を使ってしまうと、ペン先の金属のボールと受け座のあいだで、摩耗が起こってしまう場合があります。そうすると、受け座とボールの隙間がガバガバになって書きづらくなるし、インクがジャバジャバ出てしまう。それだけならまだしも、ボールが取れてしまったり、ボールが中にどんどん入り込んでしまうこともある。

 なので、通常の油性ボールペンのインクでは、顔料を使う必要性がない限り、染料を使います。実際、当時市販されていた油性ボールペンのインクは、ほとんどが染料を使っていましたから、社内でも「ちょっと市川、おかしいよ」と言われていました(笑)。でも私にとって「はじめて作るボールペン」だったので、やれることは何でもやってみたいと考えていたんです。

ーー顔料を使ったことで、インクは完成したんですか?

 そうはいきませんでした。顔料だけでは発色が悪く、パンチの弱い筆跡になってしまいました。そこで、ガツンと発色がいい染料を添加したかったのですが、溶剤を変えているので、うまく溶けてくれる染料がありません。

ーーうまく見つかりましたか?

 いえ、染料を作ってみることにしました。

ーーえ! それは一般的なことなんでしょうか?

 普通はそんなことはしません(笑)。でもこのときは、興味本意でどんどんやってしまいましたね。

インクだけでなく、チューブにも三菱鉛筆独自の「三層チューブ」を採用

ーージェットストリームは油性ボールペンに分類されていますが、ここまでお話をうかがった限りでは、油性でも水性でもない、第三のジャンルに近いインクという印象を持ちました。

 そうですね。店頭などでは「なめらか油性タイプ」と呼ばれていますが、従来の基準に照らし合わせると、油性とも水性とも言いがたい、中間的なインクだと思います。

問題発生! 社内で助けを求めるが……

ーーインクがようやく完成したんですね。

 ところが、作ったインクには、周りの環境から水分を吸ってしまう現象が起こりました。油性インクは、水分が入ると、粘度の変化が起きて壊れてしまいます。それを食い止めるために「三層チューブ」というものを作りました。

ーーインクを入れるチューブの部分ですよね。

 はい。通常のチューブは一層です。ジェットストリームでは、ガスバリアの層を真ん中に設けて、それをポリプロピレンでサンドする構造のチューブを使っています。ガスバリアの層は割れやすい素材なので、ポリプロピレンでサンドすることで強度を確保しています。

ーーこのチューブも市川さんが作ったんですか?

 僕はインクが専門なので、このチューブは範疇外なんですよ。それで、当時は非常に困りました。ジェットストリームのプロジェクトは、社内でもあまり目立っておらず、マッチ売りの少女のように「誰か助けてくれませんか?」と社内を回っても、相手にしてもらえなかったんです。仕方なく、廃棄された替え芯の金型を引っ張り出してきて、いろいろな樹脂で試作しました。

商品化に向けて、新たな壁に直面

ーーあのなめらかな書き味が生まれるまでに、大変なエピソードがあったんですね。そこから商品化まではスムーズでしたか?

 まず、海外で販売することが決まりました。いまでもよく覚えているのですが、ジェットストリームの名付け親、当時の海外営業部長に「海外で油性ボールペンを売る壁が何かわかるか?」と言われたんです。

三菱鉛筆 本社社屋のエントランスには、来客が持ち帰れるようにジェットストリームが展示してある

 ジェットストリームは筆記感が非常になめらかなので、手にとって試し書きをしてもらえれば、お客様は違いに気づきます。しかし、日本と比べて試し書きしてもらうまでのハードルが高い。

 つまり海外では、ボールペンが1束で1ドルとかで売られているんですよ。そんな中で、特定のボールペンを手にとってもらうというのは、非常にむずかしいんです。

ジェットストリームはなぜ売れた!?
近日、ジェットストリーム開発秘話の後編を掲載

 書き味がよく、油性ボールペンのメリットを活かしたインクを作るまで、そしてそのインクを収めるチューブを作るまでに、私たちの想像を超える、大変な苦労があったことがわかる。

 しかし、開発の過程を語ってくれた市川氏は、当時の苦労話を話してくれる際もどこか楽しそうで、情熱を持って市川氏が夢中で開発に臨んでいた当時の様子が、伝わってくるようだった。

 近日掲載予定の後編では、ジェットストリームが市場に受け入れられるまでの経緯と、現在市川氏が取り組んでいるプロジェクトの一端を紹介する。

ジェットストリーム スタンダード
三菱鉛筆