1. TOP
  2. 特集
  3. インタビュー
  4. 三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」の父、市川氏の探究心(後編)

三菱鉛筆ボールペン「ジェットストリーム」の父、市川氏の探究心(後編)

三菱鉛筆 本社社屋のエントランスには、同社の様々なボールペンや「ペン先」のボールが展示してある

商品化が決定、低予算のプロジェクト

 染料から独自開発をした専用のインク、水分を通さない特注のチューブの制作を経て、商品化への道筋が立ったジェットストリーム(前編を参照)。

 しかし、商品化にあたって許可されていた予算は、ほかのプロジェクトよりもかなり少額だったという。ジェットストリームの発売に至るまでには、どんなエピソードがあったのだろう。

 前編に続き、三菱鉛筆 研究開発センター品川 部長の市川秀寿氏に話をきいた。

商品化にあたって命じられた条件

ーー前回は、主にジェットストリームのインクやチューブの開発過程についてうかがいました。発売にあたっても苦労があったそうですね。

 そもそもの話になりますが、当時はゲルインクの全盛期で、ジェットストリームは油性ボールペンということもあり、小規模なプロジェクトでした。商品化にあたっては、プロジェクト化して予算をとる必要がありますが、その予算も、しっかりとした展望を社内にプレゼンできなければ降りません。

 ボールペンの形状は、キャップを外して書く「キャップ式」と、ノックして芯を出す「ノック式」に分類できます。欧米圏はサイン文化の影響で万年筆がよく使われているので、キャップ式も広く受け入れらていますが、日本ではノック式が主流です。

 ジェットストリームは当初、国内と海外で同時に発売する予定でしたが、制作したインクを考慮してまずキャップ式を作り、最初は海外のみで勝負することになりました。

ーーキャップ式とノック式でインクが違うんですね?

 ジェットストリームに限ったことではないのですが、キャップ式のボールペンは先端にキャップがあるので、インクが乾燥しにくいという特徴があります。一方で、ノック式は常にペン先が空気に触れているため、キャップ式よりもインク開発が難しくなります。

 そういった事情で、同じメーカーの同じシリーズでも、キャップ式とノック式でインクを分けることは多いんですよ。ボールペンの新製品を発売する際は、まずキャップ式を海外で先行発売して、後からノック式を展開するというケースがあります。

手前が「ジェットストリーム スタンダード」で、奥が国内未発売のキャップ式のジェットストリーム。リフィルは共通だが、キャップ式のリフィルには尾栓が付いている

ーーなるほど。私たちにとっては、ジェットストリームといえば、ノック式のイメージです。

 日本ではノック式の人気が高いので、国内ではノック式を最初に発売しました。その段階で「キャップ式とノック式、共用のリフィルにするのはどうか」と提案をしてみました。リフィルの共用は、いまでは当たり前になりつつありますが、当時は非常に珍しいことでした。ノック式はペン先の部分にスプリングが入るので、リフィルに求められる構造がキャップ式とは異なるんですね。

 リフィルを共用化すれば、製造ラインがひとつで済みますし、コストも半分に下がります。この提案が受け入れられ、予算が降りました。

発売後、想定を大幅に上回る発注

ーー海外で発売されてみて、どのような反響がありましたか?

 海外のみでの販売だったこともあり、発売まで、社内ではあまり注目されていないプロジェクトだったので、生産キャパもそれほど確保していなかったんです。

 ところが、発売後に生産予定数を大幅に上回る発注が来て、「大至急、生産体制を整えろ」という話になりました。生産ラインが整うまでの応急処置として、本来は生産ライン用ではない部屋を、ジェットストリームの生産用に割いたり。そんな状況が2年ほど続きました。

ーーやってやったぞ! という気分ですね。

 はい、そういう気持ちになりました(笑)。ただ、海外市場のリアルな温度感は、日本にいるとなかなかわからないんですよね。「好調だ」ときかされてはいたのですが。

三菱鉛筆 研究開発センター品川 部長の市川秀寿氏

ーー海外からは、そのほかにどんな反応がありましたか?

 ドイツの文房具展示会に連れて行ってもらったことがあるのですが、突然外国の企業の方が私のところに来て「俺たちはこんな製品を作っている。ジェットストリームと比べてどうだ?」と言ってきたり(笑)。

 「なかなかいいですね」とコメントしたら、「また改良してくるから、書いてくれ」と……海外では、ジェットストリームがちょっと売れている感じがありましたね(笑)。

ーー海外の同業他社にとっても、刺激になったのかもしれませんね。

なめらか過ぎて「とめ、はね、はらい」ができない

ーー国内向けの、ノック式の開発のお話もきかせてください。先ほどのお話だと、キャップ式での書き味を保ったまま、乾燥しにくいインクを開発する必要があったということになりますか?

 それだけでなく、国内仕様のボールペンは、活字を書けるようにしなければいけません。海外仕様は「スラスラ書けるかどうか」ですが、日本の活字は「とめ、はね、はらい」があるので、同じインクとはいかないんですね。

 ジェットストリームの場合「インクの滑りがなめらか過ぎて、とめたいところでとめられない」という新たな問題が生まれました。

社内で「カーリング」と呼ばれる専用の治具。3本のボールペンを固定し、転がすことで、ペンのなめらかさがわかる。この状態で斜面に置くと、ジェットストリームは一般的なボールペンよりも早く転がるという

ーーそうか、アルファベットとは文字の造りが違いますよね。でも、解決が難しそうに感じます。

 感覚的に改良するのは難しいので、筆記圧を測定するためのペンを製作して、筆記テストを重ねながら改良を続けました。

ーーそんなものも作ってしまったんですか!

 渦電流を利用して、筆圧を数値に変える仕組みのペンでした。いま考えると面白いペンでしたね。筆圧が波形で出力されるようにしたので、「はらい」の部分でグラフがぐっと動いたり。

 そのペンを使って、インクの添加剤を調整しつつ、不具合を見つけながら改良を重ねました。納得のいくインクがなかなかできなくて、最終的には、1万以上のインクを試作したと思います。

ーー1万ですか!

 キャップ式の段階で3000ほどは試作したので、キャップ式とノック式のインクの試作数を合計すると、そのくらいになりますね。

お客さまに喜んでもらいたい

ーーうかがったお話をまとめると、小さなプロジェクトからの出発で、試行錯誤を繰り返して、やっと商品になった。結果的にユーザーの支持を受けた。そういう印象を持ちました。市川さんの探究心や情熱の原動力には「この商品は売れる」という確信もあったのでしょうか?

 確信があったかというと……発売前に、いくつかのペンを並べて書き味のアンケートをとったことがあるんです。様子を見ていると、試用している人の声が聞こえてきたんですよ。「なにこれ!」とか、外国人の方は「It’s magic!(魔法だ!)」とか。そのときにはじめて「売れるかもしれないな」とは感じました。でも、それよりもお客さまに喜んでもらいたい、驚いてほしいという気持ちの方が強かったと思います。

ーージェットストリームが国内で発売した頃は、個人的にもよく覚えていて、仲間内で「ジェットストリームっていうペンがすごいよ」と口コミが広がっていたように思います。

 それはありがたい話ですね。ジェットストリームは、比較的、口コミで広がった商品ではあると思います。80円や100円が一般的な油性ボールペン市場の中で、150円という高めの価格だったので、大丈夫かなと不安もあったのですが。

 国内の発売日は、ドキドキでした。店頭まで見に行ったのですが、店頭でもお客さんが集まってくれていて、うれしかったですね。

2018年2月発売の「ジェットストリーム プライム 回転繰り出し式シングル」は、国際規格に準拠した金属製のリフィルを採用している

ーー発売から12年が経ったいまも、ジェットストリームは大きな支持を集め続けていますね。インタビューを振り返ると、市川さんの試行錯誤の結果生まれた書き味が、市場で受け入れられたことに他ならないと思いました。今回、お話をうかがったことで、今後御社から発売される商品も、ますます楽しみになりました。最後になりますが、市川さんが今後に向けて取り組んでいるプロジェクトについても、おきかせいただけますか。

 実は、先日博士号をとったんです。研究のテーマは、ずっと興味があったポリマー粒子なのですが、マイクロカプセルの研究を続けていて、商品化にも生かされています。将来的には、その技術も会社の礎になればと考えています。

ーーありがとうございました。

ジェットストリーム スタンダード
三菱鉛筆