1. TOP
  2. 特集
  3. インタビュー
  4. 銀座 伊東屋 本店 G.Itoyaには、なぜ野菜工場がある?  総支配人特別インタビュー

銀座 伊東屋 本店 G.Itoyaには、なぜ野菜工場がある?  総支配人特別インタビュー

伊東屋 執行役員 営業本部 銀座・伊東屋 総支配人の宮坂 宏幸氏

 銀座に本店を置く伊東屋。創業は1904年の6月16日。およそ115年前から銀座の地で文房具を販売し続けているという、文房具専門店だ。

 そんな伊東屋 銀座本店が「G.Itoya」としてリニューアルを遂げたのは、いまから3年半前、2015年の6月。「買い物をする場所」から「心地よく過ごせる場所」へをテーマに掲げ、正面・裏面共にガラス張りで、光が入り込む大胆なビルに生まれ変わったことは記憶に新しい。

 リニューアル後は、従来の文房具店としてだけでなく、イベントが積極的に実施されるイベントスペースとしての表情も強め、ビル内に野菜工場を併設するなど、実験的な挑戦を続ける新しい一面も見せている。

 時代に合わせて表情を変えながらも、「文房具といえば伊東屋」のイメージで文房具好きの支持を集め続けられる理由はどこにあるのか。文房具.Tokyo編集部では、伊東屋の執行役員で、営業本部 銀座・伊東屋 総支配人の宮坂 宏幸氏にインタビューを実施。伊東屋が時代を超えて伊東屋であり続けられる理由を探った。

置いておくだけでいいのか、接客が必要なのか

ーー本日はよろしくお願いいたします。まず、宮坂さんの業務内容や、役割をご紹介いただけますか。

 私は、売り場の方針を決めたり、今後どのように改善するかを、本社を交えて検討し、現場に持っていくという立場にあります。

ーー商品のセレクトもご担当されているのでしょうか?

 どのような商品を取り扱うかは、基本的に商品部が取り決めをしています。私はどちらかというと、どう売り場を動かしていくか……例えば、伊東屋の売り場や空間をどのように活かし、どのように良質な顧客体験や収益につなげていくのか。そういった部分を取りまとめる役割です。

ーー伊東屋さんで買い物をしていると、「伊東屋さんにしかない空気感」があると感じます。銀座という土地から連想されるような、高級感、高品位感とはまた別の、特有の雰囲気です。その正体はどこにあるのでしょう。

 「買う場所から過ごす場所へ」をひとつのテーマにしています。お客さまに「心地よさ」を提供するには、どうすればいいのか。ただ商品を売るということではなく、接客も含めた体験として、お客さまに満足して帰っていただくには、どうすればいいのか。そういったことは、常に意識しています。

社員や取引先の企業に配布しているという冊子「伊東屋らしさ」。2015年より、新本店オープンに向けて発行した

ーー実現するのには大変な苦労があったのではないでしょうか。

 常に状況は変化し続けていくので、実現、完成はないと考えていますが、お客さまはどんなときに接客を求めるのか、必要としないのか。これは最近も積極的に議論しているテーマです。

 ビジネスの観点で言えば、「万年筆の平均単価がいくらか」「お客さま一人当たりのお買い上げ単価はどれくらいか」という考え方は必要です。しかし、そこだけにこだわってしまうと、見えなくなるものがある。

 例えば、「ロメオ(ROMEO)」という伊東屋オリジナルシリーズのボールペンは、およそ1万円と、高級筆記具の中では比較的リーズナブルです。しかし、リーズナブルだからといって、ただ並べておけばいいわけではない。商品のタイプとして、「接客をしてもらった上で、納得して買いたい」と考えるお客さまが多い商品だと思うんです。ということは、3万円、5万円という高額な商品と同列に扱われるべき商品じゃないか? とスタッフ間で話しています。

 オフィスで使われる事務用品のように「置いておくべきところに置いておけば売れていく商品」なのか、それとも「お客さまが接客を必要としている商品」なのか。こういう分類の仕方も軸として入れています。「過ごす場所」は言い換えれば、「充実した体験ができる」ということになると思います。「接客」も体験ですから、いかに接客を磨いていくかには、非常に重きを置いています。

ーー売り場の作り方にもこだわりが詰まっていますね。特に3階の「DESK 高級筆記具」のコーナーはショーケースに水平に敷き詰められた高級筆記具が、見た目にもユニークです。

 あのショーケースは、「側面販売」をイメージして作ったんですよ。というのも、対面販売だと宝飾店さんのような格好になり、どうしても購入のハードルが高くなってしまう。お客さまとスタッフが横に並んで、じっくりと試し書きをしていただきながら、気に入った1本を選ぶ。そういった空間を作りたいという意図を込めています。

「伊東屋の強みは何かと考えると、あるべきところにあるべき商品があること」と話す宮坂氏

ーー狙った効果はありましたか。

 現場を見ていると、スタッフは必ずしも側面販売をしていなかったりするのですが、DESKフロアのお客さまは増えましたし、年齢層も若い方向へも広がったように感じています。この設計にしたことで、「ちょっと万年筆を覗いてみよう」と思う人が増えてくれたのかもしれません。

 中学生の男の子が2000円、3000円のシャープペンシルやボールペンを探しに来てくれるとか、デートをしているカップルがふらっと遊びに来てくれたりとか、そういったことも増えました。これは旧本店の時代には非常に珍しいことだったので、嬉しいですね。

文房具が大好きだから、説得力がある

ーー現場のスタッフさんにも、豊富な商品をお客さまに噛み砕いて説明するスキルが求められますよね。

 接客の基本などは、本社が主導する座学の時間がありますが、それとは別に、現場での学習も大きいんです。まず、展開する商品が決まると、かならず商品部から現場のスタッフに説明があります。単なるスペックではなくて、「使った感じ」あるいは「どう経年変化していくか」など、使って見てはじめてわかる知識も、商品部からしっかりと説明してもらうようにしています。

 また、飛び抜けて特定のジャンルに詳しいスタッフが、講師としてほかのスタッフに商品説明をする会も開いています。あとはやはり、自身も文房具が大好きで、積極的に買って試しているスタッフが多いですよね。

 なので、使ったことがあるか、使った人の意見をよく理解して伝えられるか、いずれにしても説得力のある接客ができる体制ができています。

ーー伊東屋さんでは高額な文房具も多数取り扱われていますが、高額な商品を販売する際に気をつけていることはありますか?

 「伊東屋は高いものを売っている」というのは、イメージとしてはあると思うんです。でも、私たちは、販売価格が高い、安いということよりも、買う側のお客さまが、商品にどういう価値を見出しているのかが大切だと思っています。販売価格でどうということでなく、お客さまが感じている価値を重視しています。

フロア入れ替えで「楽しさ」の再創出

11階に展示されている、初代本店のミニチュア

ーー建物のお話に移りたいと思います。11階には、ミニチュアの初代本店が展示してありますね。「和漢洋文房具」と看板にあり、当時から輸入品を扱っていたことがうかがえます。

 はい。和が日本、漢が中国、洋が西洋ですね。当時から海外で文房具を買い付けて来て、販売していました。また、この時代からオリジナルの文房具を作って販売していたという記録があり、企業活動の姿勢は、当時から変わっていないんですよ。

ーー輸入品も今より珍しかった時代ですね。

 そうですね。時代感としては「舶来品」と呼んで珍しがっていた頃になると思います。

ーーG.Itoyaになる前の、旧本店も多くの人の記憶に残っていると思います。

 旧本店は前回の東京オリンピックの翌年にできた建物で、G.Itoyaにリニューアルするまでの、およそ50年間ほど使っていました。そして、1985年、現在の「K.Itoya」は「ITOYA-2」という名称で、1階を紙に関係するサービス、2階でコピーサービスなどを提供していた売り場に、それより上は事務所としても使っていました。その頃は、コピーがビジネスとして成り立っていました。

ーーK.ItoyaのKは、創業者の伊藤勝太郎さんからとったとうかがいました。

 はい。もともと、K.Itoyaの建物は「Kビル」という名称です。「K」は勝太郎の頭文字からとっていて、社員のあいだでも、Kビル、Kビルと呼んでいました。お客さまに公開する表向きの名称というよりは、社員が便宜上使っていたのが「K」です。

ーーG.ItoyaのGは「銀座」ですよね?

 はい。K.Itoyaに変わったのはいまから7年ほど前で、G.Itoyaより歴史が古いのですが、「こっちが勝太郎のKなら、あっちは銀座のG」というかたちで決まりました。

ーー2つの本店はどのようなコンセプトで使い分けているのでしょう?

 G.Itoya、K.Itoyaという2店舗の体制が整ったのがおよそ3年半前、2015年の夏頃です。その当時は、G.Itoyaにライフスタイル関連の商品を充実させ、K.Itoyaは文房具を集める……というイメージで展開していました。

 そこから、私が総支配人に着任した2016年の秋頃に、高級筆記具売り場をK.Itoyaの1、2階から、G.Itoyaの3階に移動して、事務用品をK.Itoyaの1、2、3階に集中させるというフロアの入れ替えを実施しました。

ーー入れ替えにはどのような意図があったのでしょう?

 旧本店に来ていただいたことのある方はご存知だと思うのですが、当時は、1階のエントランスから入って、半分上がった中2階が高級筆記具売り場でした。高級筆記具はメインの建物に置くべきという考えがありました。

 それから、G.Itoyaがオープンしたばかりの頃は、「あまりにも綺麗になり過ぎちゃったね」「古いままでよかったのに」といったご批判も、ずい分多くいただいたんですね。そのときに、ご批判の裏にある意見を考えてみました。

 そうすると、「探したい」とか「見つけたい」というお客さまのお買い物の楽しみ方が見えてきました。フロアの入れ替えは、そういった楽しみ方を創出しなおす意図が大きかったです。小売店としての伊東屋の強みは何かと考えると、あるべきところにあるべき商品があることだと思ったんです。

伊東屋 銀座本店 G.Itoya

ーーすこし話が変わりますが、少し前に電車でカランダッシュのバックパックを持っている男性がいたので、珍しいなと思って思わず声をかけてしまったんです。その方は、伊東屋に行って、お店を歩いたり、スタッフさんと話しながら文房具の情報を集めていると話していました。

 それは本当に嬉しいエピソードです。伊東屋のお客さまは、本当に熱い方が多いんです。

ーーお客さまの「熱さ」はどのような点に感じますか。

 G.Itoyaをオープンしてからは、イベントを開くことが多くなりました。2018年に「INK.Ink.ink!」というおよそ1000色のインクをすべて試し書きできるイベントを開催したんです。インクを主体にしたイベントは初開催だったので、どんなものか……と思っていたんですが、結果的に、開店時刻から閉店時刻まで黙々とインクを試し書きしているお客さまに、たくさん集まっていただけました。

ーーそれはすごい!

 近頃は、万年筆よりもインクが好きな方って、多いんですよ。インクから文房具の世界に入って、その後で万年筆集めの方向に行く。そういった購買行動があるんですね。あのイベントは再来場してくださる方も多くて、やってよかったと思います。

ブレちゃいけないから、自分たちでやる

ーーG.Itoyaがオープンしてからは、イベントも増えましたよね。

 イベントは積極的に増やしています。新製品発表の会場として使って頂けることも増えてきました。文房具関係の新製品発表会は、G.Itoyaで、というイメージを作っていきたいですね。

 空間の価値をビジネスにするというのは、リニューアルしてからの大きなチャレンジだと思っています。そうすることで、いままで伊東屋に来たことがなかった人も、呼び込めると考えています。

ーー空間といえば、11階の「FARM 野菜工場」も面白い試みですね。

 野菜工場には、驚きがあると思います。これもお客さまに提供できる「体験」のひとつですね。

G.Itoya11階の「FARM 野菜工場」。水耕栽培で育てた野菜はG.Itoyaの1階で購入もできる

ーー管理などは、専任の方がいらっしゃるんですか?

 はい。専任のスタッフが野菜の勉強をして管理をしているんですよ。12階のレストランも、ホールマネージャーのソムリエ、シェフ、すべて伊東屋の社員です。

ーーーシェフの方も社員さんなんですか! 外部のレストランに委託しているものと思っていたので、驚きです。

 「伊東屋はこう」というビジョンがブレるといけない。そう考えたときに、自分たちでやるのが一番なんですね。

ーーFARM 野菜工場は、収益性の面ではいかがですか。

 あの野菜工場は、伊東屋の夢であり、理想なんです。銀座という一等地で安心・安全な野菜が育てられている。お客さまはそれを買うこともできるし、店舗内のレストランで食べることもできる。「ビルの中で野菜を育てるという意外性」と驚きを伴った体験をお客さまに提供できる。ここに価値があります。海外や、研究機関からの取材も多いフロアです。

 ただ、今後はもう一歩踏み込んで、驚きを超えた存在に変えて行きたいとは思っています。「すごい! こんなビルに野菜が!」という意見はたくさんいただきますが、いま以上の活用の仕方を探っています。

ーービルの中に野菜工場があることは驚きですが、不思議とほかのフロアとの調和も取れていて、取ってつけたという感じがないことがすごいと思います。

 G.Itoyaの建物も、著名な建築家を起用するといったことでなく、社員から出た意見を大事にしています。特に社長のこだわりもたくさん入っていて、鋲の1本まで特注で作ってた部分もあるんですよ。

ーー「伊東屋らしさを探る」という今回のインタビューですが、はじめは、商品セレクトや店舗デザインといった側面から、伊東屋らしさを深掘りできるかなと考えていたんです。しかし、お話をうかがえばうかがうほど、「自分たちで作る」という精神や、社員さんたちのチーム力、「伊東屋らしさ」という意識の共有が大きいということを思い知らされました。

 やっぱり、人ですよね。組織のチーム力、人が大きいです。伊東屋は、人を育てていきたいという思いが強いと思います。私としては、お客さまに楽しいと思っていただくための工夫は前提として、社員にも楽しいと思ってもらえる伊東屋にしたいと思っているんです。働いている自分たちも楽しめる場所が、伊東屋らしさだと思っていますから。

銀座・伊東屋